クスノキがでた。
「おはよ~、フワ~・・・」
眠たそうに声をかけてきたのは、いつものクスノキのやつだった。
「植物ってさ、意外と朝が苦手なのかい?」
私はちょっと嫌味を込めて挨拶をした。
「君は植物に対して何か偏見があるのかな~?」
クスノキはいつもの様に、のんびりとした口調で話を続けた。
「人間にだって個体差はあるだろ、クスノキだって同じだよ。
クスノキが皆同じ性格ではないと言うことさ、植物と言う大きなくくりで言えばなおさらさ」
クスノキは大きなあくびで話を締めくくった。
「ところで、朝から何をジッと見ているんだい?」
どうやら朝から一箇所にとどまる私を不思議に思っているらしかった。
「白菜を見てるのだよ。」
私はそう言ってクスノキに白菜が見える様に体をずらした。
「ほ~、美味しそうに育っているね。」
アオムシに食べられて穴だらけになった白菜を、ためらいも無くクスノキは褒めた。
「これ、穴だらけだぜ。美味しそうには見えないけどね~。」
私は白菜の葉を裏返してアオムシを探した。
「クスクス」
クスノキは独特の笑い方で葉を揺すった。そろそろ紅葉の季節だが、こやつは、
常緑樹だ、紅葉や落葉とは無縁だなと、ふっと考えた。
「だから、美味しそうだと言ったんだよ。アオムシの食べた跡があるからこそ、
美味しそうだと言ったんだよ。」
ずいぶんと哲学的な事を言うクスノキだと、少し感心しながら話の続きを聞く事にする。
「虫には私達植物を食べる権利がある。そして虫達はどの植物を食べるかを選ぶ権利がある。」
うむ、分かるような、分からないような・・・
「もちろん私達植物も同じだ。土の中にある様々なものを食べる権利があるし、選ぶ権利もある。」
それは、ごく当たり前のことだね。と私は心の中でつぶやいた。
「アオムシは君の白菜を選んで食べた。それは正に美味しそうだったからこそだ。」
クスノキはなぜだかは分からない、絶対の自信を持って言い切ったが、
それでも話は終わらなかった。
「私達は選んだ虫に葉を食べられる。でも死んだりはしないさ、だって私達が死んで困るのは虫達の方だからね。自然の摂理と言うやつさ。そうはならない様になってるのさ。私達植物もそうだ、土の中のものを食べ尽くしたりはしない。そうならない様に、私達は土からもらった栄養で葉を茂らせ光合成で育ち、古くなった葉は落として土の栄養として返しているのさ。」
確かに、こやつは常緑樹だが、春に物凄い勢いで葉を落とす。動物で言えば毛の抜け替えの様に。
「だからだな・・・」
おっとまだ、話が続くのか!
さすがにこれ以上話に付き合う気はない、そっと後ずさりし逃げる事にした。
まったく、眠たそうにしていた割りには良くしゃべる木だなっとボヤキながら薬品コーナーの前で足を止めた。
そうは言われても人間の目線で言えば、虫に食べられていない野菜を美味しそうだと思うだろう。
私は薬剤散布する事にした。
クスノキと話をしていたせいではないだろうけど、天然成分系の薬剤を選んだ。
BT菌をアオムシに摂取させて、食欲を無くさせると言うものだ。
これによりアオムシは餓死してしまう。
BT菌自体は納豆菌みたいなもので、人間や植物には無害。
撒いてからすぐにでも野菜を食べる事も可能だ。
それにしてもクスノキの言った「美味しそう」は何だか興味深かった。
きっとアオムシの世界に八百屋があったなら、きっと穴だらけの野菜が沢山並んでいるのかも知れない。
穴のない野菜は不自然なものとして気味悪がられるだけなのかも知れない。
今、私達が美味しそうだと感じる野菜は、本当は美味しそうではないはずの野菜なのかもしれない。
そんな事を考えながら、薬剤を水に溶かした。
ブラックドッグ・セレナーデ